昨今、AIの高度化や未曾有のパンデミックに見舞われ、我々の社会は、VUCAという言葉に代表されるように、 先行きが不透明で、予測困難な状態に陥っている。
そんな社会情勢もあり、注目されるようになったのがアート思考だ。日本では山口周氏の著書「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」が17万部超えのベストセラーを記録するなど、企業やビジネスマンもアートの持つ価値に気づき始めている。
では、アート思考とは一体何なのか。
今回は、アート思考を実践し、トヨタやソフトバンクなど多くの新規事業プロジェクトの立ち上げに携わってきた 柴田“shiba” 雄一郎さん(下記敬称略)に「アート思考とは何か」を伺った。その本質を、本記事を含めた3回に分けて探っていく。
アート思考の背景
ーここ数年、アート思考という言葉を耳にするようになりましたが、そこにはどういった背景があるのでしょうか。
柴田
私にとってアート思考のルーツとも言えるのは、ダニエル・ピンク氏の著書「ハイコンセプト」です。この本の中で彼は、 新しい時代を動かすのは、新しい思考法であり、それをハイコンセプト・ハイタッチと表現しています。
このハイコンセプト・ハイタッチですが
端的に言えば、ハイコンセプトは、
芸術的で感情面に訴える美を生み出したり、
一見バラバラな概念を組み合わせて新しい着想を生み出すなどといったアート思考的な能力であり、 一方、ハイタッチは、デザイン思考的な他人と共感する能力や人間関係の機微を感じ取る能力などを指します。
また、ダニエル・ピンク氏は、
2004年のHarvard Business Reviewで
“The MFA is the New MBA”という論文を発表しており、その中でも論理的思考を武器とするMBA(Master of Business Administration)よりもMFA(Master of Fine Art/美術学修士)人材の方がビジネス上の価値が高まっていくことを実例とともに紹介しています。
日本におけるアート思考
ーなるほど、ダニエル・ピンク氏がアート思考のルーツと言えるのですね。日本では、山口周さんの著書「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」がベストセラーとなり、日本のビジネス界隈でアート思考が注目されるようになりましたが、そのことに関してはどのようにお考えでしょうか。
柴田
最近では、 大企業がアート思考を取り入れ始め、デロイトトーマツコンサルティングが
企業の組織変革をアートで加速するプログラムを開発したり、CCC(カルチャーコンビニエンス)と「美術手帖」がアート思考×DBマーケティングのコンサルティング・サービス「PADDLING(パドリング)」を発表したり、NTTデータが「アートシンキングWS」を導入するなどの動きがありますが、
正直なところ、現状では多くの日本の企業でアート思考を完全に受け入れることは難しいと思っています。そもそもアート思考は、デザイン思考のように正解があるものではないしアート思考を企業の事業活動に導入したとしても、その成果は定量的ではなく定性的なものとなってしまい、費用対効果が曖昧だったり、そもそもアート思考をビジネスでやってきた人が少ないので、企業に実装するのはかなりハードルが高いと考えています。また、これは、企業がティール組織化するぐらいハードルが高いことだとも考えています。
一方で、これは、山口周さんが、たびたびインタビューなどでおっしゃっていることですが
これまで、ビジネスとアートの関係は「 Business in Art Context(ビジネス文脈にアートを取り込む)」あるいは、その逆の 「Art in Business Context(アート文脈にビジネスを取り込む)」がほとんどだったのですが、いま私たちに必要とされているのはビジネスそのものをアートとして捉える「Business as Art」という考え方であり、この考え方をベースに企業がビジネスをしていくのも次のビジネスのひとつの在り方なのではないかとも思っています。
私、個人の取り組みとしては
このままだと、日本でアート思考がビジネスのフレームワークとして定着するまでに10年くらいかかってしまうと考えているため、今年の9月から大学生向けのアカデミアの1講師となり、大学生とアート思考をシェアすることで、次の世代がアート思考を武器として携え、社会を動かしていくことを目指しています。
アート思考のセミナーとは?
ー詳しく、日本におけるアート思考に関して、お話いただき、ありがとうございます。
お話を伺って、これまでメディア越しでは分からなかった日本におけるアート思考の実態が見えてきました。インタビュー前に柴田さんが開講されているセミナーを拝見したのですが、セミナーではどういったことを伝えているのか教えてもらえますでしょうか。
柴田
はい。私のセミナーは大きく入門編と実践編に分かれていて
入門編では、
まずはダボスの会議や人口減少など社会情勢に関連するスケールの大きい話から始めます。
2021年のダボス会議のテーマは「グレート・リセット」でダボス会議の創設者クラウス・シュワブ会長は、「資本主義」の次にくるのは「才能主義(タレンティズム)」だといっています。これからは代替可能な人材ではなく才能ある人才が産業の競争力にとって、最も重要な要因となり、生産性重視の時代から創造性重視の才能主義の時代に移行する、といったような話をしていかに普段、自分が目先の仕事などの狭い領分でモノを考えているかを実感してもらい、いま、世界がどうなっているのかを知った上で、自分軸の才能を発揮することの大切さに気づいてもらいます。
そして、ロジカルな思考はAIなどの機械にアウトソーシングされていき、顧客のニーズに答えるデザイン思考ではモノが横並びでコモデティー化してしまう。だから、既成概念に囚われず、あなたが自身が欲しいものや、本質は何?という「問い」を直感的に思考するアート思考が大事です、という流れで受講生にアート思考の必要性に関して納得してもらっています。
実践編では、
いかに自分が思い込み、バイアスに囚われているかを認識してもらうために正解のない禅問答のような問いや、ナラティブな物語を妄想したり、臨床美術を参考にした内発的な創作をするプログラムなども行うことによって脳を活性化し
自己肯定感を短期間で生み出します。そうすると、絵を描いたことがない人でも8割くらいの人がもっと絵を描いていたいと言い出し始めて自分の中に潜在的にある創造性に気づき始めます。
ピカソは『子供は誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。』
と言っています。創造性は全ての人の中にあるもので、アート思考はそれを肯定し活性化させることも目的の一つだと思っています。それをどう扱うかがアート思考だということを受講生には伝えています。
そして、セミナーの中でいつも話してるのが
ロジカル思考、アート思考、デザイン思考の3つのどれが1番ではなく3つをバランスよく回すクリエイティブ・マネジメントが重要であるということです。アート思考、関係性や共感をうむ秀才形デザイン思考、論理的に共感し確実に実行するロジカル思考、この3つのキャラクターのバランスも重要です。
アート思考がもたらす変化
ーありがとうございます。具体的な内容を伺ってみて、普段の生活で凝り固まっているモノの見方をほぐしていくようなセミナーなのだとわかりました。ちなみに、こういったセミナーやアート思考のプログラムを通じてどういった良い変化が受講生や企業の事業にもたらされるのでしょうか。
柴田
まず、前提として、受講人が1000人いるとすると、そのうちイノベーションを起こすことができるのは、3人ほどです。というのも、イノベーションの確率は千三つと言われていて、
1000のプロジェクトに対して3つ、新規事業で成功率は10%ほどだと言われているからです。つまり、 全ての人がアート思考でイノベーションを生み出すことはできないが、3%の人には保証できるということです。
実際、受講生の中には、アート思考を学んだことがきっかけでコンサルタントをしている女性がミセスユニバースの世界大会に挑戦したり、地域でアートプレイスを作ったり、こどもが大人に夢を発表できる「子どもが教える学校」の校長をはじめるなど自己肯定感が高くなり、以前よりも自分軸で物事を考えることで、新規事業を個人で立ち上げるなどの変化が起こっています。
私が携わった企業の新規事業に関して言えば、アート思考をチームビルディングに活用し、
組織のビジョン・パーパスを明確にして組織のビジョン・パーパスと個人のパーパス・ビジョンが近くなっていくことで会社で働くのが楽しくなり、会社へのエンゲージメントが上がるといった変化が起きました。下手に新規事業を立ち上げるより、離職率も低くなり企業の持続可能性や生産性は高まります。大切な事は個人がアート思考になってイノベーティブな発想をしても組織がそれを受け入れて実現する環境を作れないとイノベーションの芽は摘まれてしまいます。個人の想像力の活性化と同時に組織の改革も並行して行うためには個人と組織、そして事業全体のクリエイティブ・マネジメントが必要だと思います。
ーそうなんですね。アート思考によって、どういった良い変化があるのか。正直、不透明なところがあったので、その部分を知ることでき、アート思考の意義とは何か。を深く理解することができました。ありがとうございました。
いかがだったろうか。
正直、柴田さんの話を聞くまで、私はアート思考を今流行りのバズワードとして捉えていた。しかしその本質は、自分軸で考えるクリエイティビティを扱うひとつの思考法であり、これからの先行き不透明な時代を生き抜くための重要な鍵という認識になった。みなさんも、この機会にアート思考を活用し、日々の生活や仕事をより豊かなものにしてみてはどうだろうか。
中編では柴田さんの人生に焦点をあてる。いかにして、彼はアート思考の実践者となったのか。その奇想天外な人生のストーリーを紐解いていく。
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