記事画像引用元:The World Economic Forum
“ビジネスにはアートが必要だ”
“VUCA時代を生き抜くためにアートな感性を”
神格化されていた“アート”がビジネスのブーストアイテムとなりつつある。現代ビジネスは、マルチスキルでクリエイティブな人材や企業を求めている。そこでフューチャーされているのが倫理と道徳に裏打ちされた「アート力」だ。
資本主義の時代から人才主義「タレンティズム」の時代へ。アートな思考法、発想や創造のプロセス、自己表現や美的センスの重要性がより高まってきている。学校教育における美術教育の時間や予算は衰退し続ける一方だが、経済界では既に一部のアートと、一部のビジネスが 契約しはじめている。
ソリューションからクリエイティブへ。数字、データ、結果に必ずしもコミットする必要がないアートやクリエイティブは、企業の成長や経営者の思考をどう育てられるのか。
以上のテーマについて、2022年5月にスイスで開催されたダボス会議とはどういうものか、そしてフォーラム内容と、国際経済フォーラムがアジェンダとしている指針から、そのアート力を読み取っていこう。
目次
シンクタンク
シンクタンク(Think Tanks)とは 大学、政府、企業などが創り出した研究機関であり、社会政策、政治、経済、文化関連の団体である。その活動は会議や総会を主とし、規模は政党グループから世界的なものまで多岐に渡り、情報交換やコミュニティなどの横のつながりをつくる場ともなっている。
世界に何千ものシンクタンクがある中で、経済や社会に影響力があり、かつアートに着目しているシンクタンクが「世界経済フォーラム」、通称 “ダボス会議” である。
ビジネスにおけるアートの可能性と、フォーラムのビジョンを説明していこう。
ダボス会議2022
世界の各界のトップがスイスのダボスに集まり行われる。会議を主宰するクラウス・シュワブ氏が書いた著書、世界計画「ザ・グレート・リセット」が注目された。これは新型コロナウイルスのパンデミックを契機にして、環境破壊や社会的な格差の矛盾が限界に達した現在のグローバル資本主義の動きを一度リセットする。そして環境や社会的格差に配慮した持続可能な資本主義へ方向転換させる既存の社会体制の本質的な変革を目指すものである。
コロナウイルス以降2年半ぶりのリアル会議、しかも現在の戦争中での会議はとても注目された。彼らのマニフェストは環境、経済、社会、産業、テクノロジー、地政学の分野において、官民連携で世界に大きな影響を与えている。
テーマとアート
ダボス会議では世界中の社会的リーダー達がディスカッションをする。「倫理と道徳心を持った結束と団結、多様性と包括性のある持続可能で結束した世界」がここ数年のアジェンダとなっている。
ダボス会議2022のディスカッションの多くは、アフターコロナと現在の地政学問題についての意見が挙がっていた。それではアジェンダを大きく分けて8つに分けて紹介しよう。
1:気候と自然
気候変動対策や自然保護を加速し、脱炭素やネットゼロを進める企業の社会的責任やリーダーシップについて。持続可能性、サスティナブルな世界を取り戻し、環境問題や食糧危機に対する対策などが話された。
未来に備えたトヨタの「コネクティッド・シティ計画」や IFCが支援するウクライナの都市ザポリージャの『シティ・プログラム』など、スマートシティなどの文化都市には創造力は欠かせない存在と位置付けられる。
私たち一つに結束、繋がりを持って世界を良くしようという意味での “ユニティー、ユナイテッド”というワードが多く聞こえた。
2:より公平な経済
現在の貧富格差の拡大をなくし、ステークホルダー資本主義、エンゲージメントを向上させる。経済を再構築して公平な人類の発展の原動力を持続可能にする話がされた。未来の仕事について、クリエイティビティをこれからの労働の三代要素の1つとしている。
STEM教育(Science, Technology, Engineering, Mathematicsの教育分野を総称する語)が重視される中、クリエイティビティはそのソフトスキルとして鍵となるのである。
3:テクノロジーとイノベーション
新しいテクノロジーや機械化による人間と仕事の定義が問われる。遺伝子組み換えベビー、戦争ロボット、人生を決定づけるアルゴリズムなど、科学と倫理などについて話された。AIやブロックチェーン技術、NFTとアートについての議論などもあった。音楽業界ではストリーミングだけではなくレコードも含めて2021年は20%も経済成長したようだ。
4:仕事とスキル
オートメーションと雇用の関係が、第四次産業革命やシンギュラリティに対しての私たち企業や業界はどうリスキルし変化していくべきかなどについて話された。チェコの作家、カレル・チャペックが「ロボット」という言葉を100年前に作ってから “オートメーション” のユートピア論とディストピア論は常に議論されている。
スミソニアン協会はフォーラムサイト内にて、「質の高いアートを教育することは現在重要視されている問題解決、フレキシビリティー、根気強さ、そして強力するスキルを高めてくれる。クリエイティブなリスク回避は本人に自信を与え、まだ存在していないキャリアを創り、まだ認知されていない問題にも気づくクリエイティブ思考を向上する」と寄稿している。
5:よりよいビジネス
地政学的問題による人道的危機への対応や、前例のない金融・経済的制裁はビジネスに大きな変革を与えている。環境、社会、ガバナンスの基準や指標は、企業がグローバルな課題に対応する上でこれまで以上に必要とされている。
プロセスエコノミーとは結果や数値化できる評価だけではなく、そのプロセスと倫理や道徳に裏付けられた活動のようなものである。アーティストは作品の完成やましてはその値段のために活動している訳ではなく、既にプロセスエコノミーを体現している。ドイツ人の社会起業家アンドレアス・ハイネッケはアーティストはもっと社会起業家 (Social entrepreneurship) になることが必要であると言う。
6:健康とヘルスケア
ワクチン開発や精密医療が提供される反面、ストレスやうつ病などの精神的な問題も悪化している。同時に社会が高齢化する中、コミュニティ、ケアの負担などヘルスケア、そして資金面などの議題が話された。
パンデミック中では私たちの芸術文化へのニーズを根源的に新たな形で促進させ繋がりと感情や表現する大切さを見いださせたと話された。
また、今回の会議に参加したビル・ゲイツ氏の “次のパンデミックを防ぐ” ためのグローバル議題は注目を集めた。
7:グローバルな協力
サステナビリティとインクルージョンを経済に組み込むことが、エネルギーや食糧問題、不平等、政治的不安定などにも重要だと話された。貿易が引き続き進展を促進し、地球規模の課題が引き続き手の届くところにあり、どうグローバルな協力に移行するかが話された。
世界経済フォーラムでオープニングコンサートを担当してきた音楽家マリン・オールソップ氏は「音楽は、今の世界を不確実にしている人々の分断を埋めることもできる。私は、音楽やアートだけで問題を解決できると考えるほど単純ではありませんが、音楽とのコラボレーションやパートナーシップが、大きく前向きな変化を起こした事例をいくつも見てきました」と語る。「別世界のビジョンを創る」という2019年のフォーラムでは チームラボの猪子寿之代表が「チームラボボーダレス」の作品を発表したことも日本では話題となった。
8:社会と平等
ジェンダー格差、年齢、世代、健康状態、人種、民族、先住民のアイデンティティ、国籍、移民状況、宗教、社会経済状況など、社会的不公正に対処する必要性はかつてないほど緊急性を増している。
あらゆる人々の利益になるような解決策をどのように開発すればいいのか。スミソニアン協会の寄稿では、「アートと文化が人間はどうあるべきかと声と感情で表現し、皆で共にアイデアを考えるべき。芸術文化は人々の基本となる共感する本能へのストーリーを教えてくれる。そしてその共感がポジティブな行動をつくるとき、アートはパワフルで素晴らしい決心や繋がりを作る力となるだろう」と述べる。
現在開催されているベネチアビエンナーレでのオープニングでウクライナのゼレンスキー大統領が “support this fight with your art”としてオンラインでの演説をしたことは記憶に新しい。
アートが求められるその理由
アーティストやデザイナーのアイデンティティー、アートな生き方や働き方が、現代人の新しいモデルとしてその価値を見出されているのである。美的に社会や物質や自然の言葉を聞こうとをするアーティスト、もしくはアートの態度に社会の投資が求められているのだ。
社会起業家アンドレアス・ハイネッケは、「現代社会が抱える深刻な社会問題や環境問題の解決には、起業活動と社会的使命の融合が必要である。社会変化のためのアート(ASC)こそが社会起業家(social entrepreneur)には必要である。そのメタファーとして『アート起業家(artepreneur)』、つまりアートを通じて社会的使命を追求し、革新的で未来につながる、成果が目に見えるモデルを作り出す人たちが求められているのだ」と言う。
それはむしろ結果そのものではなく、社会に変化をもたらすためのプロセス事態がアートである。そのため社会問題の解決を達成するのではなく、それを社会が評価する新たなアプローチ方法を取ることがポイントとなる。
個人感想
今回、50以上の会議を視聴しながら、かなりの勉強とインスピレーションを得られる有意義な時間であった。社会問題やダボス会議の是非はともあれ、現代社会を本気でサバイブしているプロフェッショナルの抽出される声がこんなにも手軽に拝聴できたことにとても感謝したい。
アート業界にいる個としては、参加者皆がアートの定義や詳細への配慮ができていないまま、言葉を使用しているように感じた。そもそも、概念や哲学でのARTと、ART-market、ART-istやART-workのARTが同じわけではない。
さらに、「アート領域のジャンルによって、内容や状況は異なる」、「アート産業に関わる者、アーティスト、業界外からアートを視る者、アート作品にとって、など、どの立場よって、現状や展望の捉え方も全く違ってくる」。そして「個人によって根本的な考えや想いは違うし、そんな想いさえどうでもいいと思っている人さえ多様性の1つでもある」という考えから、アートの向かう先を見出す必要性と不必要性を孕んでいることを改めて実感した。