はじめに
日本では2023年前半は、コロナ禍で様々な非日常が続いていましたが、5月以降は制限も解かれ、日常が戻ってきました。海外渡航については、出入国にいくつも証明や書類が必要だったアメリカも、7月以降はコロナ前と全く変わらずESTA申請のみで渡米でき、広いアメリカ国土のアートを再び楽しめるようになりました。今回、アートライターの佐藤久美が2023年を振り返り、7月に巡ったボストンとサンフランシスコの現代アートを中心にご紹介します。
ボストン美術館
中世の絵画に始まり、印象派から現代アートまで幅広い時代の作品が楽しめるボストン美術館は、それぞれのテーマごとに、「○○ギャラリー」と展示室が名付けられ、丸一日かけても回りきれないほどです。足早に館内を巡りながら、それでも足が止まってしまう展示室がいくつもあります。
印象派のコレクションはいつ来ても見応えがあり、‘Monet‘と名付けられた展示室では、クロード・モネ(Claude Monet, 1840-1926)の妻が赤い着物をまとった「ラ・ジャポネーズ(La Japonaise), 1876」がひときわ目を引き、着物の描写に目を奪われます。
美術の教科書で見た作品にそのほかいくつも出会えるのがボストン美術館の醍醐味ですが、アメリカの作品もさすがに充実しており見逃せません。女性の印象派作家として知られるメアリー・カサット(Mary Stevenson Cassatt,1844 – 1926)が描く子どもや、当時の生活、ステンドグラスの数々、ミッドセンチュリーの工芸にニューイングランドの時代を感じます。
現代アートだけで構成されるギャラリーは、ベネチア・ビエンナーレ2022アート展で黒人女性として初めて最優秀賞である金の獅子賞を受賞したシモーヌ・リー(Simone leigh、1967-)の彫刻が来場者を迎えます。「黒人女性の主観性」に焦点を当て、自身の作品を「オートエスノグラフィック(*)」と呼び、アフリカ美術やヴァナキュラー・オブジェ(土着芸術)、フェミニズムなどに関心を寄せている作家です。様々な時代の女性をモチーフにした作品、女性作家による作品を一つの美術館で鑑賞し、その違いをもたらした時代の変化を意識させられます。
*オートエスノグラフィー:民族誌。自分の過去の経験と調査に基づき、より広い文化的、社会的な意味・理解へと結びつける研究の一形態。
歩き疲れたら、1Fのロビーでアメリカの人間国宝第一号であるデイル・チフーリ(Dale Chihuly、1941- )のガラス作品と、奈良美智(ならよしとも、1959-)のYour Dog(2003)を見ながらカフェで一休みできます。
ボストン現代美術館(ボストンIAC)
ボストン現代美術館 (ICA Boston)は、ボストンのウォーターフロントにある現代アートに特化した施設で、展示の他にもアートに関する活動が行われています。
Taylor Davis Selects: Invisible Ground of Sympathy(テイラー・デイビス:インビジブル・グラウンド・オブ・シンパシー)は2023年末までのロングランの展示で、ゲストキューレーターのテイラーに焦点を当てたキャプションからスタートします。テイラーは不安定さ、不思議、暴力、美しさのテーマに、ゲストアーティストの最新作と、既に評価を確立しているシンディ・シャーマン(Cindy Sherman、1954-)に、1979年に制作された、ICA収蔵作品をキュレーションしていました。
展示の中心として来場者を位置づけるためか、展示壁に左右を区切る棒がおかれているのが印象的でした。欧米のスーパーマーケットレジ前で前後の買い物客と自分の購入品を区切るために置く棒を連想し、会場スタッフに思わず展示の意図について聞きました。
コロンビア出身のマリア・ベリオ(Maria Berrio、1982-)の作品は布や和紙を素材に子どもや女性が描かれ、一見優しい雰囲気です。2023年制作のベリオの最新シリーズの一つ「子どもの十字軍」(Children’s Crusade)で、西暦1212年の子供の十字軍の歴史と、現代の国境を越えた人々の大衆運動を融合させていました。子供の十字軍の実際の出来事(*2)は、歴史家の間で議論され続けていますが、ベリオはそれらにインスピレーションを得て、今日の移民や同伴者のいない未成年者が直面している現代を作品に反映しています。
*2)ヨーロッパのキリスト教徒の大規模なグループがイスラム教徒を改宗させ、エルサレムを取り戻そう とした
「New on View」では、家庭をテーマ に ICA の常設コレクションと最近の収蔵作品を特集していました。ピピロッティ・リスト(Pipilotti Rist、1961-)のビデオ彫刻 Streichelnder Nachtmahl Kreis(愛撫ディナーサークル)は、ホワイトキュ ーブならぬホワイドテーブルセットにプロジェクションマッピングが滝のように投影され、来場したいくつもの家 族が席についていました。
ここでもシモーヌ・リーのエキシビションが開催されており、大型の立像やオブジェに加え、女性の怒りや嘆きをテーマとした映像作品、家事労働や孤独を象徴すると感じさせる大型作品、そして新作と見応えがありました。ICAでも多くの女性作家が取り上げられていました。
サンフランシスコ現代美術館
1階から7階まで異なるテーマで展示があるサンフランシスコ現代美術館(SFMOMA)。1階から見上げると、オラファー・エリアソン(Olafur Eliasson,1967)の虹色に輝く橋がみえ、早く上のフロアに上がりたくなります。会場と会場をつなぐ橋の作品で、中を歩きながら変わる光と色を鑑賞できます。
最上階からおりてくるルートでも時間との戦いになりますが、オノ・ヨーコ(小野 洋子、1933 – )のワークショップも開催されており、つい足をとめ自分も作品を作ってしまいます。この時は、「メンド(繕う)・ピース」(MEND PIECE, San Francisco Museum of Modern Art version,1966/2021)というこわれた陶器のカップを接着しなおし、新たな関係を見つけるワークショップで、50年以上前に発したプロジェクトに多くの人が参加していました。
そのほか、アンゼルム・キーファー(Anselm Kiefer、1945 – )の巨大な立体作品や、2023年に東京でも展示のあったゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter, 1932 – )の大型絵画といった、特別展でないと見られないような作品がいくつも展示されています。
また、ここでもシモーヌ・リーの彫像が、テラスに展示されていました。金色に光輝く立像と、サンフランシスコの建物の取り合わせがボストンでみるとのはまた異なる体験でした。
まとめ
3つの美術館どこでもシモーヌの作品が展示され、2022年受賞に続く2023年のトレンドとして心に残りました。筆者が2019年にニューヨークのグッゲンハイム美術館で見た彼女の作品と、ボストンIACで再会しました。ニューヨークの作品の写真と、ボストンの立像を見比べながら、コロナ前後そして受賞前後の時を超えた作品との出会いに驚きつつ嬉しさを感じました。
現代作家以外でも例えばエドガー・ドガ(Edgar Degas、1834 – 1917)の踊り子の立像など同じ作家の作品に複数の美術館で何度も出会いました。アートの時代の背景と流行を示す側面を改めて実感し、迎える2024年は何をみようかと今から楽しみです。