2023年に6月に欧州でアートを楽しむなら、イタリアのベネチア・ビエンナーレでトレンドのに加え、スイスのアートバーゼルという素晴らしいコースがあります。加えて、公共の美術館での展示の他、各種財団の保有する私設コレクションも人気を誇っています。今回、アートライターの佐藤久美が上記の二件のレビュー記事に加え、イタリアのピノー財団 (グラッシ宮、プンタ・デッラ・ドッガーナ)、ペギー・グッゲンハイム美術館、そしてスイスのバイエラー財団という3つの私設コレクションを紹介します。
目次
【Pinalt collection/Palazzo Grassi】ピノーコレクション グラッシ宮
イタリアのベネチアにあるグラッシ宮は、18世紀マッサリの手によるバロック建築です。大運河沿いに建てられた最後の大きな建物は、建築家 安藤忠雄によりリノベーションされ、2006年に現代美術館としてオープンしました。「Chronorama(クロノラマ )」と題するエキシビションは、Vogueを発行するConde Nast(コンデナスト)社)(※1)の時代を映すイラストや写真、Vogueの表紙など、ピノー財団の所有作品ならびに、新たに若手アーティストを招待したコラボレーションが見られます。
2階、3階の回廊に並んだ写真は膨大で、足早に鑑賞しても2時間弱かかります。政治家やスポーツ選手、映画俳優やアーティストの他では見られない一面を見ることができ、つい立ち止まってしまいます。それぞれについているキャプションも膨大で、熱量を感じました。
(※1)VOGUE・Wiredを有するコンデ・ナスト・ジャパンは1997年設立であり、Chronoramaで展示されているコンデナスト社とは時代が異なります。
【Pinalt collection/Punta della Dogana】ピノーコレクション プンタ・デッラ・ドッガーナ
グラッシ宮から20分歩くサルーテ埠頭にある15世紀の「海の税関」である歴史的建造物を、安藤忠雄がリノベーションし、2009年に現代美術館としてオープンしました。ピノー財団と安藤氏の深いつながりが伺えます。ショートケーキを思わせる建物の1階、2階にICÔNES(イコン)というテーマでインスタレーションが展示されていいました。
河原温の7枚の絵と、別の作家のオブジェがキュレーションされていたり、ロバート・ライマン(Robert Ryman)の白い絵が並んでいたりと、他の美術館でなじみのある有名作家の作品も、建物の構造を確かめながら新鮮な目で鑑賞できます。
税関の先端に当たる塔を上がると、キム・スジャ(Kimsooja)の ‘To Breathing-Venice’を一人で鑑賞します。靴カバーをはいて階段を登ると、虹の光が足下の鏡や壁に増幅され、聖歌思わせる音楽とともに特別な空間に時を忘れました。
【ペギー・グッゲンハイム美術館 ベネチア】
ベネチアにあるGuggenheim Collection(グッゲンハイム美術館)。運河沿いに設営されたMarino Marini(マリオ・マリー二)の銅像をみると、ベネチアのペギー・グッゲンハイム美術館に来たんだと実感します。時折、窓を横切るゴンドラを目の端に捉えながらダリ、キリコ、フランク・ステラ他収蔵品を堪能しました。
テーマ展では、1958年の第29回ベネチア・ビエンナーレにも招待された地元ベネチアのアーティスト Edmondo Bacci(エドモンド・バッキ)の充実した隔年代の展示が充実していました。
最後にバッキの抽象画と1700年代のバロック最後期のイタリアの画家Giambattista Tiepolo(ジャンバッティスタ・ティエポロ)の空の描き方と対比し、The Final Judgement(最後の審判)(ca. 1730-35、2枚の絵画の写真左)と並べて展示をする面白い試みで締め括られました。マスターピースを長期に借り受けているとキャプションに記載があり、なかなか見られるものではない試みと感嘆しました。
【Fondation Beyelerバイエラー財団】
次に、スイスのバーゼル市からの美術館レポートです。1997年に画商のエルンスト・バイエラーが開設した、レンゾ・ピアノ設計の美術館の中に、3つの展示があります。
Doris Salcedo(ドリス・サルセド)は、「見えない暴力」というステイトメントのとおり、アートを通じて社会への矛盾や悲しみを表現しています。彼女の代表作は、パフォーマンス作品「Noviembre 6 y 7(ノヴィエンブレ・セイス・イ・シエテ/11月6日と7日)」(2002)は、1985年に起きたボゴダの最高裁判所占拠事件から17年を機に発表されました。最高裁判所の壁面に木製の椅子を吊り下げた巨大なインスタレーション。バイエラー財団のスペースの中でも複数のインスタレーションが見られました。動物の皮を、おそらく外科手術用の糸で縫ったフレームに、高級そうな皮の靴が入れられ皮から透けて見えます。針でつくられた衣服、水で砂のくぼみに描く言葉、など、何を言いたいのか?と鑑賞中に考えることで、彼女の問いに呼応する時間を過しました。
圧巻だったのは、BASQUIAT. THE MODENA PAINTINGS(バスキア、モデナ ペインティングス)です。イタリアはモデナのギャラリストEmilio Mazzoli(エミリオ・マゾーリ)が1982年に若干21才のJean-Michel Basquiat(ジャン・ミシェル・バスキアを呼び寄せ描かせた8枚の絵が一同に展示されていました。一同に見ることはこの先もうないのではない程の、バイエラー財団のバスキアが世界に認められるきっかけとなった8枚を集めるというチャレンジに感謝しました。
3つ目のテーマ、収蔵品の展示では、タイトルのとおり印象派からアフリカンアートまでが館外の蓮の池の見える展示室に沿って鑑賞できました。アメリカのビジュアルアーティスト兼ライターの Roni Horn(ロニ・ホーン)のゼラチンオブジェなど、アートバーゼル出品作家のコンテンポラリー作品も展示されていました。バイエラー財団が現代アートのアップデートを続けている様子が感じられました。
まとめ
ルイ・ヴィトンやグッチなどハイブランドを有するピノー財団、アメリカの鉱山王ソロモン・グッゲンハイムの姪であるペギー・グッゲンハイム、画商のバイエラー家など、美術収集家のプライベートコレクションを個性豊かな会場で楽しめる機会をご紹介しました。鑑賞者の想像を超えた、収集家・財団の持つ独自のネットワークに思いを馳せる時間でもありました。