クリスチャン・マークレーにみるダイバーシティ&インクルージョン

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みなさんは、ダイバーシティ&インクルージョンという言葉を聞いたことがありますか?
D&Iと略されることも多く、現在注目されているこの言葉ですが、まだまだ聞き慣れない人も多いのではないでしょうか。今回はダイバーシティ&インクルージョン(以下D&Iと略す)が注目された背景から、アーティスト活動へのヒントを考察します。

D&I推進の背景

D&Iが日本社会で注目されている理由は、少子高齢化による働き手不足や、働き方の多様化などといった社会的背景があります。「男性・正社員・終身雇用」を前提とした日本の雇用制度の限界をむかえつつある現代において、より多くの働き手を確保するため、企業は個人の価値観へ寄り添っていく必要が生じてきました。
そこで「多様な個性を認め各々の能力を活用しよう!」というD&Iの概念が生まれたのです。

D&Iとアーティスト

広まりを見せるD&Iですが、この概念が言語化される前から、アーティストたちは当然の事として自身の活動に取り入れてきました。人種・年齢・宗教・ジェンダー・パーソナリティなどの多様なフィルターを通し、問題や課題を切り取り、作品をつくってきたのです。
現在、東京都現代美術館で展覧会を開催しているクリスチャン・マークレーも、多様性を体現する現代アーティストのひとりです。そんな彼を、D&Iというフィルターを通して紹介していきます。

クリスチャン・マークレーとは

1955年アメリカ・カリフォルニア州に生まれ、スイス・ジュネーヴで育ちました。
70年代末のニューヨークでターンテーブルを使ったパフォーマンスを始めたことをきっかけに、ミュージシャンとしての活躍が始まります。80年代以降は視覚美術に類する作品も制作し始め、サウンド・アーティストとして有名になりました。その後、映像作品も手がけるようになり、《クロック》(2010)で第54回ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞を受賞するなど、現在は現代アーティストとして評価されています。
それでは、具体的にどのような作品があるのでしょうか。

ミクスト・レビューズ(1999-) 

新聞や音楽雑誌に掲載された音楽にまつわる様々なレビューから、音の記述をサンプリングし、構成した作品です。展示を繰り返すたびに各国の言葉へ翻訳され、最新版を原文として変化し続けています。日本で2度目となる、東京都現代美術館に展示されている作品は、カタロニア語から翻訳されたそうです。
展覧会ごとに複数の言語フィルターを通すことで、同じ言語であっても全く同じ文章になることはないでしょう。まるで、多様な価値観を受け入れる事で変わり続ける人間社会を思い起こさせます。

ビデオ・カルテット(2002) 

古今東西の映画から、音にまつわるシーンを集めたマークレーの代表作の1つです。横に並んだ4つのスクリーンには、楽器の演奏や叫び声、ノイズなどの多様なシーンが映し出され、カルテットを奏でます。様々なジャンルや文化圏、年代などが詰め込まれており、人類の歴史がいかに多様性をはらんでいるか実感させられます。

サラウンド・サウンズ(2014-2015) 

マンガのオノマトペを引用した没入型の無音の映像インスタレーションです。コミックからスキャンされた文字が、音響的な特性をともなったアニメーションとなり、部屋の四方へ投影されます。イメージを可視化したオノマトペが、マークレーによって再構成され、私たちへ対峙します。無音の空間で繰り広げられる一連の映像から、自らの経験というフィルターを通して、各々のシンフォニーを奏でることでしょう。

クリスチャン・マークレーに学ぶD&Iのメリット

さて、多様性に富んだマークレーですが、彼の経歴にアーティスト活動のヒントを見つけました。筆者の独断と偏見で以下3点を紹介していきます。

ジャンルのミックスで生まれるオリジナリティ

マークレーの作品の特徴は聴覚と視覚を行き来することにあり、この時点でふたつのジャンルがミックスされています。しかし、ワリシー・カンディンスキー(1866-1944)を筆頭に、「聴覚×視覚」に挑戦しているアーティストは既に存在するため、これだけでオリジナリティを確立することは難しいかもしれません。
そこで、マークレーの活動にヒントを見つけました。彼は「聴覚×視覚」を軸に、さらに異なる要素を掛け合わせることで、オリジナリティを確立しているのです。彼の場合、要素は固定されず、「絵画」「インスタレーション」「映像」など流動的です。作品紹介の冒頭に上げた「ミクスト・レビューズ」をもとにした「ミクスト・レビューズ(ジャパニーズ)」という作品では、「手話」を取り入れています。

あらゆる表現に挑戦し、多角的な視点を養う

マークレーはひとつの表現分野に固執せず、「平面」「立体」「インスタレーション」などといった様々な表現を試しています。これらの表現は空間の広がり方が異なり、「面」である「二次元」、そこへ「奥行き」が加わった「三次元」、さらに「時間」が加わった「四次元」の表現方法と言えます。
それぞれの特徴は鑑賞される視点にあります。平面は正面から、立体は360°全体から、インスタレーションは360°+時間、といった具合に鑑賞視点が移り変わるのです。鑑賞視点が移り変わると言うことは、作品制作へあたってのアプローチも変わっていき、多角的な視点を養うことにつながるでしょう。
彼に例を見ると、「ビデオ・カルテット」など数々の映像作品を手がけることにより四次元的な視点に磨きがかかり、コミックのオノマトペという平面を映像として編集した「サラウンド・サウンズ」につながっているのではないでしょうか。

リスクヘッジに繋がる、複数市場の開拓

ミュージシャンとして音楽シーンで活動をはじめたマークレーですが、活動の幅はどんどん広がり、現在では現代アーティストの肩書きも持っています。つまり、音楽市場と美術市場のふたつの市場を持っているのです。これは、片方の市場が縮小してしまっても、もう一方で生き残れる可能性があるということです。
ただし、複数の市場を行き来することは、それぞれの市場に精通する必要があり、容易いことではありません。しかし、彼を例にみると、市場が変わっても「音の視覚化」というテーマのもとに制作しているため、それぞれの市場で無理なく活躍できるのだと考えられます。
さらに、市場を行き来しアウトプットを続ける事は、「ミクスト・レビューズ」のように別の言語に翻訳され続けることと似ていて、作品に変化を生む良い相乗効果が生まれているのでしょう。
もちろん、アーティストは一つのテーマを軸に様々なアプローチを試している人が多いと思います。しかし、彼のように市場を行き来している人は稀なのではないでしょうか。

最後に

今回紹介した作品は、東京都現代美術館にて開催中の〈クリスチャン・マークレー トランスレーティング「翻訳する」〉で展示されています。興味のある方は、ぜひ足を運び「D&I」について自分なりの考えを深めてみてはいかがでしょうか。

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