・ はじめに
公園やビルの庭、さらには霊園、ヨーロッパでは公共空間の至る所に彫刻、彫像、オブジェが飾られています。気になるとも気にならないとも言えるこれらのアートに、皆さんはどう感じ、何を考えるでしょうか。もしかしたらどう感じるかや、何を観ていいかも “わからない ”という答えが多いかもしれません。そんな予想に対し、今回は彫刻のプロでもあるアートサバイブログが、西洋墓地に佇む彫刻群を紹介します。これを通して皆さんの今後の彫刻との出会いの際に、ベーシックな見方や楽しみ方の素養となってもらえたらと思います。
今記事は、トンボ鉛筆が運営するFUNARTとのコラボ記事となっています。チェコ共和国はプラハにあるVysehradという民族墓地をテーマに、タイポグラフィーの魅力についての記事を掲載しています。
・ ヴィシェフラドと民族墓地
チェコ共和国はプラハあるVyšehrad(ヴィシェフラド)は、教会、民族墓地を中心として、現在は城跡から見える景色の良い公園となっています。この城跡内では教会や墓地で静かな趣きのある時間を感じられることでしょう。
ヴィシェフラドの民族墓地は、ヨーロッパでも珍しい「芸術家達の墓地」としても知られていて、墓地全体が個性豊かな彫刻や装飾などで彩られています。開園時間であれば誰もが入られる環境になっており、名所としても知られています。もちろんあくまで霊苑ですので、失礼にならないように敬意を持って静かに楽しみましょう。
・芸術家と彫刻
この民族墓地は、19世紀後半にをつくられ、チェコの民族に貢献した人々を葬る場所として、国家で著名な芸術家のお墓が沢山つくられました。なんと言ってもその魅力は、芸術家達の大変ユニークなお墓にあります。
日本の一般的墓地はサイズ、フォント、石が大体似た様子で作られたものが多く、各霊園の墓石業者が請負で作られた墓地と言っても過言ではありません。しかし、ヨーロッパのお墓群は、各自のお墓がお花や装飾などがカラフルです。特にこの民族墓地では作家に纏わるオブジェや彫刻が並んでいます。亡くなったアーティストの作品や記念碑などが飾られ、さらに装飾、墓誌など、全ての細部に至るまでオリジナルの作りになっていて、豪華な展覧会と言ってもいいかもしれません。
・墓地の彫刻とその種類
それでは、ヴィシェフラドの墓地にある多様な彫刻を通して、さまざまな彫刻の部門や種類をご紹介していきましょう。これにあたり、一概に彫刻、オブジェ、記念碑と言っても様々で、時代や業種によってその捉える範囲が変わってきます。また、ラテン語から派生した英語表現での「Sculpture」と、明治以降に創られた日本語の「彫刻」という言葉は意味もあり方も違います。ですので、定義の部分は今回は割愛し、「彫刻」の種類や言葉の使われ方などについて示していきたいと思います。実際は、この様にざっくりと分けられるものではなく、多層のジャンルや歴史のレイヤーがグラデーションのように重なっているものでしょう。しかし、敢えて今回は色分けすることで、表層的ではありますが、全体像を少しイメージしやすくなるのではと思います。
1:墓誌として石に文字を刻む「彫刻」 インクで文字を書くこととは違い、石に文字を「刻む」墓誌は、”彫刻”に当たります。「書く・描く・画く」の語源は全て「掻く(かく)」に由来すると言われ、ペンや紙がない時代に人間は石や木に記録を引っ掻いて記したことから、「絵画的行為よりも先に彫刻的行為があった」ことが、彫刻の原初的な部分が伺えます。「彫って刻んでサインの痕をつける」こと自体に彫刻という言葉が使われます。
2: “クラフト”、“装飾”としての「彫刻」 「クラフト」=工芸、民藝、を意味し、”日用的に用途があるもの”をイメージさせます。「装飾」=単体価値ではなく、“付加価値として主体や目的に添加する美的要素”としてのポジションです。
写真上左にある金属柵の支点となる御影石の作りは、全体のバランス、石感を感じるボリューム、表面やエッジの立ち具合など、素晴らしい仕事に見惚れてしまいます。
写真右下は教会の入り口の “モザイク彫刻”とも言える装飾は、教会の入り口に神のヘビ、女神のヘビを組み合わせた色彩の美術を魅せています。
合わせて読みたい
>中欧・東欧の美術
3: 宗教美術の「彫刻」 キリスト教のみならず、神々の存在が込められて”彫刻作品”もあります。造られる対象(=モチーフ)が、天使やピエタ像など、伝説のお話の登場人物が基本で、識字率が低かった時代は特に、これら彫刻群と口伝によって、神の存在や状況を伝えていきました。
4:「肖像彫刻」 西洋彫刻では先ほどの聖人などの重要な人物を形に残してきました。それは後に聖人だけではなく、貴族の重要人物や有名人のポートレートを作り、その反映を象徴する肖像彫刻がつくられるようになります。写真右下はアントニン・ドボルザークのお墓で、彼のブロンズ像がつくられています。写真右上の二人の像は夫婦像でしょうか。奥さんの方のこの陰が気になります。写真左上は大理石により彫り出されたもので、中世イタリアの彫刻を意識した作りになっています。
5:「レリーフ彫刻」 “レリーフ彫刻専門の作家”さんも沢山います。貨幣コインの表面や壁など、数ミリから数センチの表面を立体的に見せる仕事はとても奥が深いジャンルです。
6:「人体彫刻、人物像」 彫刻行為は、大きく分けてある物質を削ったりして、質量を少なくしていく行為=”カービング” だけではなく、粘土やらを付け足してつくる行為= ”モデリング”があります。写真左上は、粘度モデリングからのブロンズ鋳造、写真右上は砂岩をカービング彫刻です。写真右上の彫刻家はFrantišek Bílek (1872 – 1941)は、木彫をメインとした作家であり、柔らかくて知られるチェコの砂岩の彫り方を見ても、“木彫家らしいの彫り方”が施されており、彫り方でも個性が見てとれます。しかし、加工方法と材料により、出来る形や表現方法が自ずと変わってきます。
7:「具象彫刻」 先ほどの人体彫刻とも範囲が重なる「具象彫刻」というジャンルは、そのモチーフ(対象)が人間の一部であれ、動物や植物であれ、”リアルに描写され、具体的”につくられてあれば、具象彫刻と見られます。
8:「抽象彫刻」 具象彫刻と対比されるのが抽象彫刻です。文字通り“抽象的に”そのモチーフやコンセプトのエッセンスを抽出し、デフォルメされたものを指します。一般的に“わけわからない系”は、これらの抽象的アートに入るものが多いかもしれません。抽象形態は、時代のトレンドなどもあり、写真左上は20世紀初頭から流行したキュビズム要素が強く見られます。19世紀末で具象芸術や装飾彫刻がある頂点に達したその先として、もしくは揺り返しとして、コンセプトや形の簡素化を求められる時代になったのでしょう。
9:「近代彫刻」 近代彫刻とは彫刻の系統ではなく明治から昭和までに時代で流行した形や考え方の総称を指します。写真左上を作ったチェコ人彫刻家、Olbram Zoubek(オルブラム・ゾウベック 1926 – 2017)は、負や死をイメージさせるAlberto Giacometti(アルベルト・ジャコメッティ 1901 – 1966)に影響を受けており、これは日本の昭和時代の彫刻家と同じです。そこに彫刻家Zoubekは、東欧の昭和時代に最なアイデア、”共産主義からの影響”が表和しています。
10:「現代彫刻」 日本では1960年以降の作品群を“現代彫刻”、その時代くらいか始まるコンセプチャルアートを“現代アート”と言って良いでしょう。20世紀初頭のマルセル・デュシャンを現代アートの父という見解もよく知られています。残念ながら歴史が深いこの霊園には、最近つくられたオブジェは少ない感じです。その中でも、写真左のお墓は、現代らしいミニマリスティックなテイストと、大理石の全く汚れていない感じから、最近つくられたものを推察できます。写真右は、アートサバイブログの友達でもあるアーティスト、Jan Kaláb(ヤン・カラブ)のグラフィティを立体にした”彫刻的”作品が置かれています。
11:「墓石屋の彫刻」 崇高な彫刻家からの差別目線では、“墓石屋らしい作り”の仕事を、彫刻家たちは“墓石屋の彫刻”と言います。モノを見て作られる前の“図面や設計図がイメージできてしまうものや、“機械加工感で冷たく見える”ものを指します。しかし、写真左右下は写真左右上では、明らかに出来た時代から墓石屋の仕事スキルの違いが見て取れます。
・まとめ
ここまで、様々な彫刻のジャンルを紹介してきました。プラハの街が、中世から現代まで見られる建築の博物館と称されるように、この墓地には縦軸にも横軸にも多様なジャンルの彫刻群があることがわかります。
全く次元が違う考え方の彫刻家がつくった彫刻は、決して一概な見方ができるものではないということもわかりました。
この記事が彫刻の見方の一つのヒントになり、その作家が生きた時代背景やストーリーなどが、イメージしやすくなることに繋がれば幸いです。