身体表現におけるパフォーマンスアート × ボディーアート

アートワークログ

こんにちは!

“身体表現”って言葉聞いたことありますか?

身体表現って言葉だけでなんとなくイメージ出来るかもしれませんけど、言葉にうまく言い表すのって難しいですよね?

その表現の中で今回は「パフォーマンス・アート」 と 「ボディーアート」に視点を置いて紹介して行きますね。

ちょっとエロティックなアーティスト、恐怖心を抱いた作品をお教えします!

身体表現が活発的に日本のアートの世界に馴染み始めたのは1960年代ごろです。

最初の頃はパフォーマンス・アートが流行り、後からボディーアートが流行りました。

ですが今やその表現の区別がつきづらくなってきました。

その訳は、時代が進むにつれて表現方法が多様化されていくようになったたからです。

パフォーマンス・アート

パフォーマンス・アートは、「時間・場所・パフォーマーの身体・観客」の4つの要素が揃って成立するアートです。側にいる観客はパフォーマーによっては、参加することが出来ます。

参加することによって、パフォーマと観客との関係の中で起きるハプニングもパフォーマンスアートの醍醐味と言っても過言ではないでしょう。

パフォーマンス・アートの名前がつく前は「ハプニング」という言葉が使用されていたほどです。

パフォンマース・アートは1960年代から始まり、当初は広く使われるように演劇、コンサート、音楽、サーカスなどにも使用されていました。

それが、やがて「アート」と分野のみに使用されるようになっていき、現在はボディーアート、メディアアートなどと一緒に使われるようになりました。

ボディーアート

作家自身の身体を芸術作品のメディアとした表現方法です。

ざっとですがボディーアートは3つの定義に分けることができます!

1つは上記で取り上げたパフォーマンスアート。

2つ目は身体装飾のボディピアス、身体の表面に描いたボディーペインティングやタトゥー、入れ墨など。

そして3つ目の身体改造です。スカリフィケーション(皮膚に切れ込みや焼灼などで身体に傷を入れた際にできるケロイドで模様などを描く)とシェーピング(コルセットなどで肉体をキツく締め上げてできる跡)などが身体改造には挙げられます。

ボディアートは作家自身の肉体もマテリアルのひとつとして表現がされていることが多いですね。

肉体・精神に苦痛や危険を伴う行為も表現の一部として作られていったようです。

それでは一例として1960年~1970年代に身体表現を取り入れ始めたアーティストを紹介して行きます!

身体表現の代表的アーティスト

  • 草間 彌生(1926~) 
こんにちは!

”身体表現”って言葉聞いたことありますか?

身体表現って言葉だけでなんとなくイメージ出来るかもしれませんけど、言葉にうまく言い表すのって難しいですよね?

その表現の中で今回は「パフォーマンス・アート」 と 「ボディーアート」に視点を置いて紹介して行きますね。
ちょっとエロティックなアーティストや恐怖心を抱いてしまうかもしれない作品もお教えします!

『前衛の女王』とも言われる彼女の名前を知らない人はおそらくいないでしょう。

彼女は1967年、28歳の時に渡米しました。

この頃日本ではまだ無名でしたが、ここから彼女はある活動をして一気に知名度を上げました。

それが「クサマ・ハプニング」です。

それはゲリラ的に街中で全裸の男女に水玉模様を描き、ヌードデモやセックス、乱交をテーマにしたパフォーマンスでした。

彼女にとってこの活動は、貧富の差をより一層強めていく資本主義や性差別、ベトナム戦争への反対運動としての強いメッセージ性が込められていました。

当時周囲からは、酷いバッシング行為もありましたが、彼女は活動を貫き通し、1960年代には『前衛の女王』と呼ばれ始めました。

  • 白髪 一雄(1924~) 

彼はフットペイントを確立させた人物として名が知られています。

フットペイントとは言葉通りの描き方で、足に絵具をつけキャンバスの上を白髪は力強く描きます。時には天井から垂らした、「ロープに捕まりながら描く」という新しい技法を編み出しました。

彼は1971年に僧侶になり、ぶら下がりにながら描く姿はますます精神性に磨きをかけました。

去年開催されていた東京オペラシティアートギャラリーの展示を執筆者も観にいきましたが、作品の大きさとタッチの力強さに圧倒されたのを今でも覚えています。

展示されている作品の中には床にも飾られており、彼の目線で鑑賞する事もできました。また、実際に使われていた筆やロープ、スキージ(長いヘラ)、パフォーマンス映像、ドローイングの資料などもありとっても見応えのある展示でした。

  • ヴィト・アコンチ ( Vito Acconci, アメリカ, 1940 – 2017)

1960年代初頭、彼は詩人として活動していましたが、60年代後半からはアート作品を創作し始めました。

彼の大きなテーマとなっていたのは自身の身体を使って公私の境を曖昧化させることでした。

彼の代表的な作品のひとつ《シードベッド》の展示では、見る・見られるの逆転の発想でした。

この逆転になる形は彼にとって作品過程の大事な部分となりました。

展示物のない空間の床下にアコンチは身を潜ませ、頭上にいる人たちの気配を感じ取りながら自慰を行い、鑑賞者たちはその行為の音をスピーカー越しに聞くという作品でした!

このパフォーマンスは展示期間中毎日8時間し続けたそうです。

  • マリーナ・アブラモヴィッチ (Marina Abramović,ユーゴスラビア, 1946~)

1970年代初頭からパフォーマンス・ボディーアートの活動を開始しました。

40年以上のパフォーマン・スアート活動から、『パフォーマンス・アートのグランドマザー』と呼ばれるほど、肉体の酷使と精神の可能性、そして鑑賞者たちの関係性を築き上げてきました。

彼女の中で最も有名な作品は《Rhythm》のシリーズです。

特に《Rhythm0》が彼女は最も恐怖心を抱いたとも言われています。

オブジェとしてマネキンのようにただずむ彼女の側には、72個の道具が置いてあります。アブラモヴィッチは受動的な役割を務め、目の間に置いてある道具を鑑賞者たちに託します。

道具の中には羽や植物と優しい素材のものもあれば、ハサミ、カッター、鎖、鞭と彼女を傷つけられる道具から、命を奪うことのできる銃まで置いてあったようです。

最初は遠慮がちだった鑑賞者たちも、その場の空間のせいなのでしょうか…。

次第に攻撃的になり、彼女の服を破り、上半身の服をはぎとり、ナイフで身体を傷つけ、そこから溢れ出た血を飲んだ観客もいたそうです。

そのようなパフォーマンスを彼女は6時間にも渡り続けました。

最後に受動的な役割を務めていた彼女が、鑑賞者たちの方へ歩き出すと、鑑賞者は本当は彼女が主体だったことがわかり、怯え逃げ出したともいわれています。

アブラモヴィッチも恐怖のあまり髪の一部が白髪になったそうです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

身体表現と一言で言っても様々な方法がありましたね。

・作家自身の身体が作品の一部になる時もあれば、他人を使い作品を成立させる方法

・新しい技法を生み出す方法

・鑑賞者との関係で肉体、精神を追い込み、人間の肉体への限界を挑戦していく方法

・鑑賞者にあえて何も見させない方法

と今回紹介した人は少ないですが、様々な表現をするアーティストをお伝えしました。

これ以外にも沢山の表現方法はありますし、科学・ITなどの発展により新しい表現方法はどんどん生まれていくでしょう。

今後の変化が楽しみですね!

[写真引用元]

・草間 彌生 https://www.formidablemag.com/yayoi-kusama/

・白髪 一雄 https://ontomo-mag.com/article/event/rakugakist-violinist19-202001

・ヴィト・アコンチ https://www.faretart.jp/art/256/ 

・マリーナ・アブラモヴィッチ https://jp.quora.com/